全国スポレク大会参加の合間、宮崎の神話の世界を旅しました。
宮崎は、知る人ぞ知る、古事記と日本神話の舞台。皆さん知っていましたか?私は実は、行ってみて初めて知りました。びっくりでした。
日本の国土(淡路、四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡、本州)を生んだ男女神、伊邪那岐命(いざなきのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が、太陽の神・天照大御神(あまてらすおおみかみ)と八岐の大蛇(やまたのおろち)を退治した須佐之男命(すさのおのみこと)を生んだ土地、それが現在の宮崎市で、シーガイアのある海岸の一角に今も地名が残る「阿波岐原(あはきはら)」です。
皆さんも、神主さんの祓詞(はらいことば)を聞いたことがあると思いますが、「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原・・・」と続く、アレです。小戸神社も、橘も通りの名で、現存しています。
天照大御神の子孫、迩迩芸命(ににぎのみこと)と、妻となった木花佐久夜姫(このはなさくやひめ)は海幸彦、山幸彦を生みます。山幸彦の子、鵜葺草葺不合命(うかやふきあへずのみこと)の4人の子どもの末弟が、後に大和地方を平定して国を開き、初代天皇となった神武天皇です。日向は天皇家のふるさと でもあるのです。
サッカー会場となった西都市。その山側の平坦な台地に、大小300以上の古墳が点在する、日本一の「西都原(さいとばる)古墳群」(国の特別史跡)があります。中でも、柵で囲まれた宮内庁直轄地となっているのが、迩迩芸命(ににぎのみこと)と木花佐久夜姫(このはなさくやひめ)の古墳と言われている、「男狭穂塚(おさほづか)古墳」と「女狭穂塚(めさほづか)古墳」(写真下、奥の茂み)です。あるがまま保存する、という考えの下で、未だ中身の発掘はされていないのだということです。
その他にも、伊邪那岐命と伊邪那美命を祀った「江田神社」、木花佐久夜姫を祀った「木花神社」、山幸彦と豊玉姫を祀った「青島神社」、神武天皇を祀った「宮崎神社」などなど興味は尽きませんでしたが、限られた時間の中で、充分神話の世界を堪能することができました。
思いがけない収穫を得た、感動の宮崎遠征でした。